大人 キレイ 演劇 | 甘酸っぺーを僕は信じる

大人 キレイ 演劇

ブラボーBRAVA!


僕はそう言いたかった


そして蘭々が可愛いかった


感想終了



今日はもう少し付け加えたい、なぜならこれは演劇との出会いだから


出会いと別れは大切に そこはやっぱ外せないキーセンテンスだから



てことで演劇なるものの第一印象についてズキュった部分にフォーカスしますと。

まず役者も人間・客も人間そして間にある種のルールがある、でそのルールは表現者側によって変わる。ここでのルールは客席と舞台上をバッチリ分けるのか、ツーツー感があるのか、またその度合いはシーンによって異なるのか、辺りを指している。大人計画の場合はそのルールががっちりと決まってない、かのように見せかけるのがルール。実は表現したい部分とそれに導く部分、さらに遊び部分によってそのツーツー度合いを分けて設定している。しかもそのツーツーの仕方にも、ギャグ、客いじり、動きなどの種類がある。そのバランスを設定するのが松尾スズキである。

次にたくさんあるシーンを如何に表現するのか。キレイ では過去、現在、未来が変化しながら一つのループの中にのっかっていく、にもかかわらず大道具はほぼ一定。ソコで効いてくるのが音と光と間である。その三つを使ってヒントを示す、でヒントを受けて客はイメージしシーンをつくる。そう、客個人個人が持っている潜在意識、常識みたいなもんを刺激するわけ、で利用しちゃう。このあたりはクドカンの脚本てか構成にも通ずる部分を感じる。例えば走り回って誰かを探すシーン、1お~い 2ダッシュの早送りプラス音 3ぜーぜぇー、いねーよ みたいな。少しの間で、ものっすご探した感を伝えるやつ。そうゆうのを異なった「時」 のコネクト部分にうまく使っててズキュったわけです。


そして蘭々にドキンチャンなわけです。